~年末調整の負担軽減とスムーズな実務対応に~
近年、物価上昇や多様な働き方の広がりに伴い、税制改正や「年収の壁」の見直しが毎年のように行われています。特に「103万円の壁」をはじめとする各種控除制度の変更は、パートタイム労働者をはじめとする従業員の就労意欲や収入に直結するため、人事・労務担当者にとっても正確な仕組みの把握が欠かせません。
これらの改正は従業員の扶養家族の状況にも関わるため、年末調整の実務における書類確認やチェック業務はこれまで以上に複雑化しています。
本記事では、「年収の壁」と扶養の仕組みを整理し、税制改正が年末調整業務へもたらす影響や、スムーズな実務対応のための備えについて解説します。
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年収の壁の基本構造とは
従業員がパートやアルバイトとして働く際、一定の年収を超えると税金や社会保険の負担が発生する、いわゆる「年収の壁」。企業の総務・人事担当者にとっては、従業員から「家族の扶養から外れないように働きたい」「働き方を調整すべきか」といった相談を受けた際、これら複数の「壁」の違いを正しく切り分けて案内できる知識が不可欠です。
この年収の壁は、大きく分けると「税金(扶養枠)に関わる壁」と、「社会保険に関わる壁」の2種類に大別されます。実務上の説明ポイントを整理しておきましょう。
税金に関わる壁
税金(所得税)に関わる扶養枠の壁とは、「配偶者控除」や「扶養控除」をそのまま維持できるか、あるいは金額が変動するかという境界線を指します。
■123万円の壁
| 123万円の壁 | パートタイマー・アルバイトの給与所得者本人に所得税がかからない年収基準のこと |
「123万円の壁」とは、パートタイマーやアルバイトの給与所得者本人にとって、所得税の負担が発生するかどうかを考える際の目安となる収入基準の一つです。
長年、この基準は「103万円の壁」として広く知られていましたが、2025年(令和7年)の税制改正により基準が20万円引き上げられ、「123万円の壁」へと移行しています(詳しくは次章で述べます)。この見直しにより、パート従業員や学生アルバイトは従来よりも収入を増やしやすくなりました。また、この基準は本人の税負担だけでなく、配偶者控除や扶養控除など、家族に関わる税法上の扶養判定にも影響する重要な基準となっています。

■169万円・159万円の壁(配偶者特別控除・特定親族特別控除の満額枠)
パート従業員や学生アルバイトが「年収123万円」を超えて働いた場合でも、すぐに家族の扶養から完全に外れて世帯の税負担が跳ね上がるわけではありません。従業員本人の年収に応じて、段階的に控除を受けられる仕組みが用意されています。長年、配偶者特別控除を満額受けられる上限は「150万円の壁」として定着していましたが、相次ぐ税制改正により、従業員本人が稼げる年収の上限(満額枠)は大きく引き上げられました。
・従業員が「配偶者」の場合(配偶者特別控除):169万円の壁
2026年度(令和8年度)税制改正により、配偶者特別控除の適用範囲が見直されました。従業員(配偶者)本人の年収が「169万円」までであれば、扶養者(世帯主)は満額(38万円)の配偶者特別控除を受けることが可能です。従業員の年収が169万円を超えると、扶養者側の控除額は段階的に減少しますが、年収207万円までは一部控除が適用されます。
【出典】 国税庁_家族と税_配偶者(特別)控除額
・従業員が「大学生の子ども」の場合(特定親族特別控除):159万円の壁
2026年(令和8年度)税制改正では、19歳以上23歳未満の学生アルバイト(子ども)本人の年収が「159万円」までであれば、扶養者(親など)は扶養控除(63万円)を満額受けることが可能です。これらはあくまで「従業員本人の年収」の増加に応じて、「扶養者(世帯主)側の税額」が段階的に変動する仕組みです。
※次章にて、この変更の具体的な経緯を述べます。
社会保険に関わる壁(106万・130万)
社会保険(健康保険・厚生年金)に関わる壁は、税金の壁とは根本的に異なり、「従業員本人が社会保険の被保険者となり、給与から保険料が天引きされ始める境界線」を意味します。ここを超えると社会保険料の負担が発生するため、いわゆる「手取りの逆転現象(働き損)」が起きやすく、現場の働き控えに直結する深刻な壁です。
■106万円の壁(一定規模以上の企業での社会保険加入)
従業員数51人以上の企業(※短時間労働者の社会保険適用拡大基準)などで、週の所定労働時間が20時間以上、月額賃金8.8万円(年収換算で約106万円)以上などの要件を満たした際、本人が社会保険に加入する義務が生じる壁です。
■130万円の壁(一般的な扶養外れの基準)
企業の規模に関わらず加入する健康保険において、被扶養者として認定されるかどうかの判断基準となる収入ラインです。年収130万円以上になると、従業員本人が自社で社会保険に加入するか、自身で国民健康保険・国民年金に加入し、保険料を全額負担する必要があります。

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税制改正による年収の壁引き上げの時期と影響
前章で紹介した「123万円」や「159万円」という新しい扶養枠の基準は、近年の大規模な税制改正(令和7年度税制改正など)によって段階的に導入されてきた経緯があります。これらの改正は、近年の急激な物価上昇や最低賃金の引き上げといった社会情勢に対応し、従業員の「働き控え」を解消するために実施されました。ここでは、実務上で重要な計算の仕組みと変更の経緯について詳しく解説します。
「103万円の壁」が「123万円の壁」に
これまで、家族が税法上の扶養(扶養控除)に入るための基準は「給与年収103万円以下」が鉄則とされていました。かつては「基礎控除額48万円 + 給与所得控除の最低保障額55万円 = 103万円」という計算ロジックによって成り立っていたため、この非課税および扶養のラインを総称して「103万円の壁」と呼んでいました。
しかし、税制改正の実施に伴い、この「扶養から外れないための基準」を構成する2つの要素がそれぞれ10万円ずつ引き上げられることとなりました。
基礎控除額の引き上げ(48万円 → 58万円)
2025年(令和7年)分以後の所得税から、所得税の基礎控除の金額が、48万円から58万円に引き上げられます。
※対象:合計所得金額が2,350万円以下である個人
| 納税者本人の合計所得金額 | 改正前 | 2025年分(令和7年分)から |
| 132万円以上 2,350万円以下 | 48万円 | 58万円 |
| 2,350万円超 2,400万円以下 | 48万円 | |
| 2,400万円超 2,450万円以下 | 32万円 | 32万円 |
| 2,450万円超 2,500万円以下 | 16万円 | 16万円 |
| 2,500万円超 | 0円 | 0円 |
合計所得金額2,350万円以下の多くの従業員(親や配偶者など)において、基礎控除額58万円が適用される形となっています。
給与所得控除の上限額(55万円 → 65万円)
基礎控除と並び、給与所得控除の最低保障額についても、55万円から65万円へと10万円引き上げられました。
※対象:給与収入190万円以下の方
基礎控除額の引き上げ(10万円)+給与所得控除の上限額の引き上げ(10万円)=20万円
「基礎控除の引き上げ(10万円)」と「給与所得控除の引き上げ(10万円)」が合算されることで、合計20万円分がプラスとなり、一般扶養親族の扶養枠は従来の103万円から「123万円の壁」へと拡大しました。これにより、パートやアルバイトで働く従業員側は、扶養から外れるリスクを抑えて収入を増やしやすくなっています。
「特定親族特別控除」の創設
物価上昇が続く中で、大学生や専門学校生がアルバイトをして学費や生活費を賄うケースが増えています。これは企業にとって深刻な人手不足を解消する貴重な労働力となっていましたが、従来の「103万円の壁」が大きな足枷となっていました。
なぜなら、子どもの年収が103万円を超えてしまうと、扶養者である親側が受けていた「特定扶養控除(63万円)」が適用されなくなり、親の税負担が急増(世帯の手取りが減少)してしまっていたからです。この課題を根本から解消するために新設されたのが「特定親族特別控除」です。

【POINT】扶養親族の控除対象となる人の要件: 下記の3パターン
| 控除対象となる扶養親族 | 区分の概要 | 控除額 | |
| 一般扶養親族 | 「控除対象(扶養親族)になるための要件」をすべて満たしている人 | 38万円 | |
| 特定扶養親族 | その年12月31日現在の年齢が19歳以上23歳未満の人 | 63万円 | |
| 老人扶養親族 | 同居老親等 | その年12月31日現在の年齢が70歳以上の人 ※「同居老親等」は納税者や配偶者の直系尊属(父母、祖父母など)で、かつ同居を常としている人 | 58万円 |
| 同居老親等以外 | 48万円 | ||
扶養している大学生の子の「年収の壁」
特定親族特別控除の創設時のルールにより、19歳以上23歳未満の特定扶養親族に該当する子どもについては、アルバイト年収が150万円までは親側に63万円の所得控除がそのまま満額適用される仕組み(150万円の壁)が作られました。さらに、年収が150万円を超えた場合でも段階的に控除が適用され、世帯の手取りが急激に減らないよう緩和されています。
なお、この大学生の扶養枠(特定親族特別控除)は、その後の度重なる税制改正(基礎控除の追加見直しなど)に連動し、現在ではさらに「159万円」まで満額控除ラインが緩和されるなど、アップデートが続いています。
※税制改正に関する最新情報については、国税庁による公式情報をご確認ください。
令和8年度税制改正による所得税の基礎控除の引上げ等について
企業の年末調整担当者にとっては、こうした「度重なる法改正の経緯と最新の数字」を正確に追いかけ、書類のチェック体制を整理しておくことが業務上の極めて重要なポイントとなっています。
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税制改正がもたらす年末調整手続きへの影響
税制改正に伴い、控除額や収入要件が変更されるため、年末調整の書類対応や確認作業にも影響が出ます。年末調整では、変更された「年収の壁」を踏まえ、従業員やその配偶者の所得状況を確認することが必要です。
また、パート従業員の年収を調整する企業では、従業員が知らず知らずのうちに「年収の壁」を超えないよう、事前に情報提供や周知を行うことが求められます。
多様な働き方が広がる中では、臨時雇いなど短期就労者の収入見込みも把握しておくことが重要です。こまめに社員データを更新し、必要に応じて年末調整の事務フローを修正しておくと、混乱を避けつつスムーズに運用できます。
年末調整の業務負担を軽減するために
税制改正に対応しながら効率的に年末調整業務を進めるには、電子化や事務フローの見直しが有効です。
近年、人事・総務部門では「働き方改革」の一環として、年末調整業務の電子化や外部リソースの活用が加速しています。税制改正が行われると、新しい控除制度や要件を踏まえた申告内容の精査が必要となるため、紙ベースの処理では手間が増大する可能性があります。事務作業を合理化することで、企業側・従業員側の双方にメリットが生まれます。
年末調整の電子化
年末調整の電子化は、従来の紙ベースでの作業に比べて大幅に業務効率化が期待できます。
電子申告システムを導入すると氏名や住所などの基本情報を繰り返し入力する手間が省けるうえ、申告内容がデータとして蓄積されるため、控除要件の確認や必要な情報の抽出も簡単です。さらに、書類の紛失リスクが減ることで、企業と従業員双方の負担を軽減できます。
電子化のメリット
電子申告システムを導入すると、以下のようなメリットがあります。
・紙コスト削減:オンラインで完結するためペーパーレス化が可能
・入力ミスや漏れの削減:従業員の記入ミスが減り、修正作業も短縮
・チェックプロセスの効率化:提出後の確認作業が自動化されるケースが多い
・法改正対応の自動化:最新の法改正に対応したシステムが多く、国税庁推奨の環境で業務が可能

電子化のデメリット
電子化には多くのメリットがある一方で、デメリットも存在します。
・初期費用が発生:システム導入にコストがかかる
・従業員のITリテラシー対応:PCやスマホ操作に不慣れな従業員への教育が必要
・運用コストの継続:システム維持費用をどうカバーするか検討が必要
クラウドシステム導入初期には、従業員研修やサポート体制の整備が重要です。
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年末調整のアウトソーシング
専門業者に委託することで、事務作業の負担を軽減しつつ、法改正対応もスムーズに行えます。
【アウトソーシングのメリット】
・企業内部の事務負担を大幅に軽減
・税制改正ごとの頻繁なアップデート作業が不要
・専門事業者が最新の法規定を常に把握しているため、リスクを削減

ただし、委託時には以下を事前に確認することが重要です。
・個人情報保護(プライバシーマーク[Pマーク]やISMSなどの認証を取得しているか)
・料金体系や業務範囲の明確化
・扶養控除・配偶者控除の最終判断や各種証明書管理の社内体制
メリットとデメリットを比較し、自社の規模や目的に合った方法を選ぶことが大切です。なお、外部委託の具体的な業務範囲や選定のポイントについてさらに詳しく知りたい方は、以下の解説記事も合わせて参考にしてください。
よくある質問(FAQ)
- Q「103万円の壁」の改正が、パートタイム労働者や非正規雇用者への就労意欲にどのような影響を与えるのでしょうか?
- A
改正により年間の非課税所得の上限が「103万円」から「123万円」に引き上げられることで、パートタイム労働者や非正規雇用者はこれまでより多くの収入を得ながら、税負担を抑えることが可能になります。その結果、収入調整のために労働時間を抑えていた層にとっても、就労形態や勤務時間の選択肢が広がり、就労意欲の向上が期待されます。
- Q「特定親族特別控除」は、どのような人が対象となる制度ですか?
- A
「特定親族特別控除」とは、扶養控除の対象となる親族のうち、対象年齢が19歳以上23歳未満で、年末(12月31日)時点で納税者と実際に生計を一にしている親族(主に大学生や専門学校生など)を対象とする控除制度です。なお、実際の適用にはその他所得などの条件も考慮されるため、詳細は最新の税制要件をご確認ください。
- Q税制改正が行われると、企業は年末調整の運用面でどのような対応が求められるのでしょうか?
- A
税制改正に伴い、従業員の所得情報や扶養家族の状況に関する管理、書類の確認、年末調整システムへの反映について、これまで以上に厳密な管理・対応をすることが必要になります。最新の控除額や要件を踏まえ、年末調整の運用プロセスを見直し、制度変更に迅速に対応できる体制の構築が重要です。
年収の壁と扶養の仕組みを理解し、年末調整に備えよう
近年、年末調整に関わる「年収の壁」や扶養枠の見直しは頻繁に行われており、人事労務担当者の負担は増す一方です。年末調整においては、それぞれの「壁」に応じた扶養者の所得要件の確認や、控除額の正確な把握など、早めの対応が求められます。
家族構成に変化がある場合は、年度途中で所得見込みを計算し、給与計算や社会保険への影響も確認しておくと、年末調整時の混乱を防ぎやすくなります。改正ポイントや適用範囲を確認し、扶養控除等の条件や個々の税負担を把握しておきましょう。
また、家族ごとに控除要件が異なることを理解したうえで書類作成を進めると、年末調整でのトラブルを回避できます。特に、収入や生計を共にする実態などは、自治体や税務署から説明を求められる場合もあるため、普段から管理を徹底しておくことが望ましいです。「年収の壁」と扶養の仕組みを正しく理解し、年末調整の繁忙期に備えて準備を進めましょう。
制度改正が続く中、年末調整業務では最新情報の把握と適切な運用体制の整備がこれまで以上に重要になっています。自社だけでの対応に負担を感じる場合は、年末調整業務の電子化やアウトソーシングの活用も検討してみてはいかがでしょうか。
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